rakontoj el oomoto 16 of EPA


Rakontoj20el20Oomoto.jpgRakontoj el Oomoto『大本物語』
定価2,700円(税込)
ローマン・ドブジンスキー著
和訳 矢野裕巳 

第16章
DIO, Dioj, dioj
一神即多神即汎神


 奥脇俊臣さん、大本は多神教ですよね? と同時に、汎神論であり一神論でもあると?
多神教であって、同時に一神教であり、汎神論でありうるのですかね?

 唖然とするはずです、大本と同じような神観を持つ宗教は今までに存在しなかったからです。大本の神観は、多神、一神、汎神のどれにも属せず、また同時に全てに属します。大本は、キリスト教のような一神論ではなく、精霊崇拝(アニミズム)のような汎神論でもなく、一般的に神道にとって重要な日本神話のような多神論でもありません。大本は、それら3つのどれにも属さず、3つのすべてを包含し、重なり合っています。


 それでも、神道は大本の母体であると言われていますね。どの程度までですか? 

 大本は、母体である神道に、大本神観を負っていますが、世界的スケールの視野を持った、新しく、包括的で調和のある教えを用いて完成させました。
 神道においては、神(Dio)と言う言葉を用いて、人々は敬意と崇拝の対象として、神だけでなく、人、動物、魚、山、川、木、石、その他の物をも扱います。区別することなく、地位が高かろうと、低かろうと、高貴であろうと、そうでなかろうと、霊力が与えられています。実際、神道では神を、宇宙の始まりの神、太陽と月の支配の神々、天地の高貴なる神々と呼びます。しかし、一神教で言う、絶対の万能神としての存在を、いかなる神にも認めません。


 大本教義によれば、神とは何ですか?

 私たちは、神という言葉の使用を、唯一絶対神とその分霊に限定しています。様々な善神がいて、神界に所属しています。当然ながら、そこには動物、鳥類、石などは入っていません。
 大本は究極的存在、つまり、唯一神、絶対神、最高神として、大宇宙の創造主、原因神を崇拝しています。その神は、霊、力、体の偉大なる根源であり、無限絶対無始無終なる性格を有しています。神は過去、現在、未来に浸透しています。神は、物質世界、精神世界を、一体性をもって守護し、支配しています。



 神は、独自の名前を持っていますか?

 我々は、大国常立、あるいは、天之御中主(あめのみなかぬし)、とお呼びしています。全宇宙、万物を創造し、発展させた根源神です。大本で言う1つの神の概念は、一神教のそれと、類似しているように見えますが、実際、この2つは同じではありません。一神教では、通常、創造するものと創造されたものは、分かれた状態にあります。大本では、創造主と被造物との間に、壊す事のできない、本質的な神性の関係が存在します。神の知と愛の性格は被造物にも備わっています。万物は神の現れなのです。


 それは、汎神論的要素のように、思われるのですが?

 汎神論とは違って、大本は、万物が神そのものとは考えていません。大本教義によれば、万物は神のふところにあるが、神は果てしない絶対的な存在で、万物の外側にも存在する。万物はもっとも高い親神の特性に満たされていますが、神は、人類に、その他の被造物よりもさらに高い神性を、付与されました。


  「一つの神」と同時に多くの神々である事を、もう少し正確に説明してもらえますか? 

 あなたは、キリスト教徒として、三位一体、つまり父と子と精霊の中で一つの神を賛美されていますね。大本によれば、親神は個性を持った複数の分神を生み出します。自己を分割した親神の直接的分霊は、神々を生み出し、さらにその神々が自身の分霊を生み出します。このようにして、果てしなく多くの神々が生まれます。これら無数の分霊に対して、高位な霊であっても、下位の霊であっても親神はそれぞれに、特定の活動分野と役割を与えられます。果てしなく広大な宇宙は、このように、きちんと、システムにそって支配されています。この事を人間の体でたとえれば、全体と部分との関係と言えます。


 もう一度、この興味深く、複雑な神的宇宙論を要約していただけますか?

 私たちが、親神の働きをその主張点から見れば、神は一神教的に唯一の存在ですが、別の視点からは、神は多神教的多くの神々ともなります。また、神を内在的な神観のなかで見れば、神は汎神論的に見る事ができます。これは、大本にとって神観だけでなく、宇宙の真の姿であります。


 その真の宇宙の姿に従って、唯一神は自己の分霊を注入している、言い換えれば、それぞれの役割の為、別の神を創り出している。このように考えて間違いないですか? そうであるなら、例をあげてもらえますか?

 この世が初めて出来た頃、まだまさに混沌の中にある宇宙が、天と地に分けられました。その時、親神は、天地の支配者としてそれぞれに直接、分霊を吹き込まれました。それぞれ、名前の由来から、天の神、地の神と言われます。


 大本の宇宙観について、確認させてください。

 大本の教えに従えば、宇宙は、大きく物質界と精神界の2つに分割されます。物質界は、私たちが直接見て、感じる事が出来ます。精神界は3つに分類されます。神界、中有界、地獄界です。死者の霊は、別の所へ行く前に、まず中有界に送られます。神界はさらに、2つ、天国と霊国に分けられます。天国には、愛善精神に満たされた天人が住んでいます。霊国は真信の光に満たされた霊国天人の為にあります。


 あなたは、よい神(善神)と言われましたが、悪い神(悪神)も存在するのですか?

 善神は、神界での様々な天使や天人を包含する表現です。親神の分霊でもあります。悪神は、地獄の領域に所属する霊ですが、現実世界にも多く存在します。悪神は通常、嫌悪を催す容貌や行動を見せず、優雅な姿で、賢者や善人として自分を表現しています。人間の判断能力によって悪と善を区別する事は困難です。悪神でさえ、以前は人情味があったのですが、そのような状況に堕落し、別のものになりました。悪神も心を入れ替えれば、もとの状態に戻る事ができるのです。霊界では、それぞれ、国、地域、そして個人を守る産土の神も存在しています。人は例外なく、一人一人に守護神がついています。現在は守護神の大部分は悪神になっています。そこで、神はしばしば、改心するよう、諭しているのです。



 大本教義の中に、DIO, Dio, dio と書かれているのに気づきました。どのような基準でこのつづり字法が適用されているのですか?

 大本教義が、ご神書によって規定された時に、Diojあるいはdioj の独自の名前は固定されました。Dioに関する考えは包括的であり、既存のつづり字を用いてそれを適切に表現する事は困難です。我々は、Dioに関して文字による表現に焦点をあてました。と言うのも、大本神観の中には他の宗教では説明出来ない側面が存在しているからです。大本の神観の特質を表現するために、私たちは特別な正書法を使います。すなわち、DIO, Dio, そしてdioです。DIOは唯一神、あるいは創造主で、絶対的で終わりのない存在です。最初が大文字のDio は唯一神の2番目の現れで、そして、創造主の直接の分霊です。小文字のdioは唯一神の霊とその根源的な働きをするもの、すなわち天人です。大本では神々の代わりに天使という表現は使いません。キリスト教や他の宗教における天使の概念は、大本での概念とはいつも同じではないからです。


 大本教義は、現在、複合的な宗教システムを示していますが、それはどのように誕生しましたか? 

 大本の基本となる神書は「筆先」で、言葉通り「筆の先の墨」です。啓示を含み、出口なお開祖が26年間、国常立尊、別名、艮の金神によって帰神状態で、自動書記の形で綴られました。筆先はひらがなで書かれました。1万巻で、1巻は和紙20枚、国際規準のA4より少し大きめです。出口王仁三郎は大本入りした後、啓示を編集し、内容を分類、読者が神の心をより的確に、容易に理解できるように漢字を当てました。このように編集されたものが「大本神諭」。大本の神の啓示として、シリーズで1917年から1921年まで「神霊界(しんれいかい)」という雑誌に発表されました。1983年、その全内容が書籍の形で7巻で出版されました。その内容を土台に、大本教学委員会は国際版として神書を編集しました。1999年、前田茂樹によりDiaj Revelacioj としてエスペラントに翻訳されました。


 しかし、それだけが唯一の教典ではありません。

 はい、もう1つの教典は、出口王仁三郎聖師による「霊界物語」で、世界救済の教えと計画がその内容です。81巻、2万4千ページに及びます。その一部はエス語訳され、シリーズとして、第二次世界大戦前、パリにおいて、Oomoto Internacia 誌で出版されました。大本教学研鑚所は、再び、前田茂樹にその膨大な著作の翻訳を依頼しました。その一部は、現在はブラジルの首都で出版されているOomoto Internacia で発表されています。


 そして、神書、出口王仁三郎の『道の栞』ですか?

 その本の文章は、聖師の初期の作品の1つです。1904年、33歳の時、書いたものです。出来るだけ簡単に、神への信仰、真髄としての大本の教えと、聖師自らの世界救済の使命について、当時の信徒向けに記述しています。書籍として、1925年に出版されました。『道の栞』は、再び1985年に出版され、その出版を土台に、大本教学研鑚所は、外国人に対する神書の出版を始めました。最初の翻訳は、前田茂樹によってエス訳され、1997年に出版されました。翻訳が大本教義に忠実である為に、翻訳者との多くの協議が行なわれました。とりわけ、神に関する教義に注意が払われました。大本教義は、多くの点でその他の既存宗教の神観では説明できないからです。すでに説明したように特別な表記の適用が必要なことを示していました。


 出口なおにかかった神様についてより詳しく説明していただけますか?

 大本教義によれば、艮の金神、別名国常立尊は地上を創造されました。全宇宙を創造された大国常立尊の神の、直接的分霊です。霊界物語によれば、国常立尊は実直に、天地の初めから何百万年もの間、最も高い善、厳しさ、愛を実践してきました。多くの困難や苦しみに遭遇して、現在私たちが目にする地上を形成し、人、動植物を成育させてきました。次に、この神は人類だけではなく、地上におけるあらゆる生き物の真の親神で、人々はこの神の無限の恵のお陰で毎日を過ごしています。地球を創造し、全ての生き物を育てるだけでなく、地上の支配も行なっています。霊界物語によれば、古代神代の時代、地上形成の後、この神は12の地域を治める神々を就任させ、その下にも12の総理に値する神々を任命し、統一して世界を支配しました。国常立尊は、威風堂々として、大いに尊敬を集めていました。世界に黄金の時代をもたらし、その世界で万物は調和と喜びに満ちて生存していました。


 しかし、その世界は存在をやめました。なぜですか?

 時代が経つにつれて、神々は国常立の神の好意に慣れてしまったからです。神々は不真面目になり、正しくない、あるいは、悪意のある精神に取り付かれてしまいました。その結果、神々は、様々な陰謀とより多くの悪霊の力で、国常立尊を閉じ込めました。無限とも言える長い間、閉じ込められていました。無理矢理の失脚にもかかわらずに、国常立尊は陰から世界が滅ばないように、守ってきました。


 しかし、ついに、国常立尊は、東北の隠居地から離れる決意をされます。なぜですか?

 この神が退位させられていた間、支配していた神々は、好き勝手に地の上を混乱させ、われよし、強い者がちの世界にしてしまいます。ついに、世界は、もしその状態がまだ続けば、この地の上は以前のように泥海になり、人種(ひとだね)がなくなり、人類だけでなく、万物が滅んでしまうという危険な状態になりました。1892年、この神はついに、失脚の長い長い沈黙を破って、出口なおの体を通して、再び地上の神の支配者として現れました。このようにして、根本的に世界を立て替え、立て直すための神業を開始しました。それが、大本の出現なのです。


 祭典時、大本神殿の正面の祭壇には縦書きの書があり、一つは艮(うしとら)-東北、もう一つは坤(ひつじさる)、それはどんな意味ですか?

 坤は西南の意味で、豊雲野大神(とよくもぬのおおかみ)の物語から、別名として与えられています。神について言えば、国常立大神を助ける、妻神でもあります。国常立大神が引退し、艮の方向である東北にお隠れになったとき、豊雲野大神も坤の方向である東南に、お隠れになりました。艮と坤の名は、厳の御霊、瑞の御霊と同意語で使われています。


 何を持ってその違いがありますか?

 厳の御霊は、一般的な霊的働きとしての名前で、天国的、前向き、火の御用で、男性的、そして父性でもあります。瑞の御霊は、現界的、地上的、受け身で、水の御用で、女性的かつ母性である働きとしての一般的な名前です。これら全ての特徴を、親神は持っておられます。厳の御霊の神格は最も厳しく、高く、気高く、神聖です。一方、瑞の御霊の神格は最も正しく、美しく、優しく、真であり、純粋です。1900年、まだ、出口王仁三郎が上田喜三郎と呼ばれていた頃ですが、次のように啓示が出ました。
「まず、私、艮の金神は出口なおの中に現れ、それから、坤の金神が上田喜三郎の中に出現する。」
出口なお開祖は、厳の御霊の地上の現れであり、出口王仁三郎は瑞の御霊の現れです。「厳」は厳格に堂々としている、「瑞」は瑞々しく美しいとそれぞれ意味します。


 私は間違って理解しているのでしょうか? なおは男性の働きが割り当てられ、王仁三郎は女性の働きが付与されていると?

 あなたは、正しく理解されていますよ。開祖の体は女性ですが、その体の中には厳の御霊が宿っており、厳の御霊は男性の性質を備えています。一方、王仁三郎の体は男性ですが、その体の中には瑞の御霊が宿っており、瑞の御霊は女性の性質を備えています。大本教義によれば、そのような霊体のコンビネーションはより完璧な形で、調和される事を目的としています。男性の知的で精彩のある霊を、物柔らかで繊細な女性の体に加える事によって、また、女性の優しく繊細な霊を、頑強な男性の体を加える事によって、結果として相互に完成させる事になるのです。


 そう言った事を用いて、2人の大本教祖についての概念を説明できますか?

 はい。出口なお開祖を表す厳の御霊は、現界、霊界を通して神の経綸を果たし、特に現界では物理的な改革に携わり、先祖の神と呼んでいます。出口王仁三郎聖師を表す瑞の御霊は、現界、霊界を通して、親神から委託された救済の使命を背負った神で、特に物質界では世界の改革を実践し、世界救済の神と呼んでいます。


 大本では、親神の支配を機織りに例えています。

 すでに、述べたように、開祖によってその活動を始めた厳の御霊は、縦糸の縦の働きで役割を引き受け、機織り作業の場合と同じように、動きがありません。それに対して、教祖によってその活動を始めた瑞の御霊は、現界、霊界において、随意に現れては消え、場合によっては万華鏡のように華やかに、そして柔軟に、救済を果たすために。瑞の御霊は緯糸の水平の働きを用いて役割を引き受け、機織りの作業と同じように自由に動きます。


 そして、この機織り作業は目標として、、、、

 国常立尊は、再び地上に黄金の世界を建設します。古代神代の時代と同じように。その世界はみろくの世というパラダイスです。


(続く)その17